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蒲田『はるけん』追想 - さすらいごはん#1



はてなスペースに発作的にスペース『さすらいごはん』を作った時、
私の頭にあったのは東京都大田区蒲田5丁目の
今は亡き伝説的定食屋『はるけん』だった。



食べ歩きにも美味いものにも大して興味のない私だが、
それゆえにこそむしろ強烈に憶えている食べ物屋や食べ物というのはいろいろあって、
その中でも「普段使いの定食屋・洋食屋」カテゴリで
ダントツの思い入れが今でも残っているのがこの『はるけん』だ。



各「蒲田駅」を通勤上のターミナルに使っていた人生の一時期、
私にとってJR蒲田東口からの街並みは
常に時間との闘いゆえの不機嫌のうちに足早に通り過ぎるだけのものだったが
帰り途では各種古本屋や古道具屋が
せめてもの精神的くつろぎのひとときをもたらしてくれなくもないものとしてあった。
それらに負けず劣らず、いやダントツに特筆すべき店として
定食屋『はるけん』はあったのだ。



その後は到底考えられないものとなる500〜700円ほどの夕飯代を
自炊をしない/できない日には
コンビニの弁当+おにぎり/白飯系などに費やしていたその頃の私にとって
(そう、私は人に驚かれるくらいの痩せの大食いなのだ)
帰宅途上で、リーズナブルに、質・量ともに満足させてくれる『はるけん』は
地獄に仏、砂漠にオアシスのようなものでもあった。



その驚くべき良心性は、まず何といっても値段の安さにある。
おぼろな記憶を頼りにだが、たとえば
焼肉定食500円
ミックスフライ定食580円
カレー&焼肉定食セット700円
トンカツ&野菜炒め定食セット750円
のような、食べ盛り男子大学生ターゲットでもかくや、という
こってりガッツリたっぷりメニュー構成なのだ。
(おそらく「ダブル定食」だとか「なんとか&カレーのセット」だとかの
プリフィックス&フリーな組み合わせメニュー形式を採用してたのだ)



たとえば「カレー&焼肉定食セット」を選んだとしよう。
コンビニの弁当メニューにもなくはない形式なのだが、
『はるけん』の場合はモノがちがう!
他の店なら400円のカレーライスと600円のご飯抜き焼肉定食を頼むようなものなのだ。
フルセットのご飯の上に、半分カレー半分焼肉のトッピングなんてものではなく。



そして、豪気な量だけが売りなのではけっしてない。
たとえばプレーンに「トンカツ定食」を選んだとしよう。
丼ご飯、みそ汁、漬け物の器に加えての
カフェテリア系の区分けされた大きなワン・プレートに
しっかりしたヴォリュームのメイン:トンカツのみならず
レタスの敷物に乗っかったポテサラ、トマト、キュウリ、
千切りキャベツ、
茄子・シシトウ・タマネギ・芋・レンコン等の天ぷら、
下手すりゃ例の甘い煮豆やきんぴらごぼうなんかまで乗っている。
記憶が定かでないため過剰に美化されているかもしれないが、
「メイン・プレートにトンカツと千切りキャベツ」程度では済まされないクラスの
丁寧でバランス良く品目豊かで心なぐさむ
「付け合わせ」で片付けられないおかず群てんこ盛り、だったのだ。



店構えはけっして瀟洒でもアット・ホームでもなく
ほんとに「大衆食堂」とアメリカ映画で観るフツーの「ダイナー」の中間で、
おやっさん(?)だって店員だって、別に愛想がいいわけでもない。
感じよく人の好いおばちゃんが学生さんたちのお母さん替わりに
手のこんだ和風の、健康に良い「お袋の味」を提供しているわけでもないのだ。
にもかかわらず『はるけん』は、
疲れ、わびしく、空腹で怒りっぽくなり、他に何にも前向きなことができないような
そんな勤労者の帰路途上の心をこよなう慰めてくれていた。
'00年代前半に消滅したらしいこの『はるけん』の魂が
どこかにひっそりと転生するようなことがあれば
それはいつでもどこであっても
地域ナンバー・ワンの定食屋となるであろう。
(なんとなくシブくドラマティックな結び)